前に記事にした『岩とポインセチアとパパイヤ』に続き、2011年度に奄美大島・宇検村でのワークショップでつくった創作民話の第二弾です。
今回の民話は宇検村立名柄小中学校という学校でつくったものです。この学校でも2つ民話を創作しました。
ワークショップ自体は、学校内外の気になる場所から想像をひろげ、そこの由来となる民話をグループ創作し、パフォーマンス化する、というものです。民話の文章は私が書きました。が、中身は子供達がつくったものです。
こういった創作をやると、宇検村の子らは高確率でハブやケンムンを登場させます。馴染みがある存在のようです。
ケンムンは奄美にいる妖怪というか精霊というか。ガジュマルの木に住み、子供の姿をしていたり大人の男の姿をしていたり、時には女の姿をしていたり。沖縄にはキジムナーという妖怪みたいな精霊みたいな存在がいますが、あれとはニュアンスがかなり違う印象。いろいろ読んだり聞いたりした限りでは、どちらかというとカッパっぽいです。
さて、今回紹介する民話も、主人公の1人としてケンムンがでてきます。
以下。
校門の横のガジュマル
1
名柄小中学校の校門の横に、うねるように天に昇っていく形の、古いガジュマルの木があります。学校ができる前から、この木はそこにあり、名柄の集落を見守っていました。
明治11年に学校を建てるとき、この木のあるところが、本当は門になるはずだったそうです。
なぜガジュマルの木は、切られずにそこにあるのでしょうか。
それは……。
2
むかしむかし、名柄の集落の裏山のずっと奥の方に、ケンムンの子どものケンタロウが住んでいました。
ケンタロウは人間が大好きで、時々集落に降りては、草むらのかげから子どもたちの様子をのぞき見て、「いいなぁ、あんな風に遊びたいなぁ」と思っていました。
3
あるときケンタロウは、松の木の上に住む、親がわりの山の神様に、「ぼくも集落の子たちと遊びたい」と相談してみました。
神様は言いました。「むかしはケンムンと人間は、仲良くうまいことやっていた。だが人間もだいぶ増え、ケンムンをむやみに怖がったり、嫌う者が目立つようになった。今、集落におりたら、ひどい目にあうかもしれない。それでも良いのか?」
ケンタロウは力強く「うん!」と答えました。
神様は、ふもとの方を指さして、言いました。
「このまままっすぐ山をおりると、海辺に古いガジュマルが生えている。そこに住むといい」
ケンタロウは神様に「ありがとう!」とお礼を言うと、ウキウキしながら山をおりていきました。
4
さてその翌日。
集落の長の子のきょうこが、いつものように、お気に入りのガジュマルに登って遊んでいると、別の枝に見慣れない子どもがいることに気付きました。
「あなたはだぁれ?」とたずねると、その子は「ぼくはケンタロウ。昨日からこの木に住み始めたんだ」と答えました。
きょうこは首をかしげて言いました。「ってことは……あなたはケンムンね?」
「なんでわかったの?! ちゃんと子どもに化けたのに」ケンタロウは答えました。きょうこは笑って言いました。
「人間は、木には住まないわよ。そんなことより一緒に遊びましょう!」
その日から、集落の子のきょうこと、ケンムンのケンタロウは、だいの仲良しになりました。鬼ごっこをしたり、木に登って虹を眺めたり。
虹を見るときはいつも、ケンタロウはこんな話をしました。「虹が出るのはどんなときか知ってる? ぼくの親がわりの山の神さまがね、ごきげんな時だよ」
「光のかげんで出るんじゃないの?」ときょうこ。ケンタロウは、
「よその虹はそうかもしれないけれど、名柄の虹は、神さまの笑顔だよ」と答えました。
ふつうのケンムンは泳げませんが、ケンタロウはきょうこに泳ぎ方を教わり、海でも川でもスイスイ泳げるようになりました。お礼にケンタロウは、きょうこに魚釣りを教えました。きょうこは名柄でいちばんの釣り名人になりました。
ある日、山の神様がハブに化けて、ケンタロウがいじめられていないか見に来たときも、二人は海で遊んでいました。その様子を見て神様は嬉しそうに言いました。
「にぎやかに遊んでおる。が、まぁ心配だから、ここに居着いてしばらく様子を見るとしよう」
神様も、山からケンタロウがいなくなってさびしかったのかもしれません。
5
あるとき、
名柄に小学校をつくることになりました。集落の人たちはみな喜び、協力して草木を刈り、土を固め、敷地をつくっていきました。
校門は、ガジュマルの木のあるところにつくられることになりました。古い木ですから、みなでお祈りをした後、きょうこの父が最初の斧を、カツーン、と入れました。
ちょうどそのとき、ケンムンのケンタロウは木のうえで昼寝をしていました。ケンタロウは飛び起きました。下を見ると、集落の大人たちが木のしたに大勢集まっています。
「たいへんだ! あいつら、この木を切ろうとしている!」
ケンタロウはとっさに、ケンムンに伝わる「ヤスデをふらすうた」を歌いました。たちまち木の葉の影からヤスデがモゾモゾわき出て、集まった人たちの頭に雨のように降り注ぎました。
みんなは大騒ぎ。ともかくその日は工事は中止にし、皆、家でおとなしくしていよう、ということになりました。
きょうこはとても悲しい気持ちでいました。ガジュマルはケンタロウの家です。ガジュマルが切られたら、もう二度とケンタロウと遊べなくなるかも知れません。
きょうこは思い切って父に相談しました。
「どうしてもガジュマルを切らなきゃいけないの?」
きょうこの父は答えました。「おまえはいつもあのそばで遊んでいるようだが、わたしはハラハラしていた。あのガジュマルは古いから、いつ折れてもおかしくない。ちょうどいい機会だ。あの木は切るべきだ」
父の決意のかたさを見て、きょうこは仕方なく、本当のことを明かしました。
「でもあのガジュマルには……友だちのケンタロウが住んでいるの」
「木に友だちが? なにをばかなことを」
「ケンタロウはケンムンよ。優しくておもしろい、いいケンムンなの!」
これを聞いて、きょうこの父は、顔を真っ赤にしてどなりました。
「なんだと?! ではあのヤスデはケンムンのしわざだったのか!」
6
翌日、きょうこの父は、集落の若者たちにタコをたくさん採らせ、縄でガジュマルにしばりつけました。ケンムンはタコが大の苦手です。
「うわぁ! タコだ! こわいよ! たすけてー!」
ケンタロウはそう叫び、木から飛び降りて森のなかへと消えていきました。
きょうこの父は皆に命じました。「これでもう安心だ。さぁ、みんな。さっさと木を切ってしまえ!」
さてさて、ハブに化けた山の神さまは、一連の様子を物陰からぜんぶ見ていました。神さまは、すみかを追い出されたケンタロウを見て、人間たちへの怒りがわいてきました。神さまハブは身を起こし、金色の目をギラリと光らせると、天に向かって大きな口をあけ、「!!」と、人のことばでは言いあらわせない声で鳴きました。
空はたちまち分厚い雨雲で覆われ、たらいをひっくり返したような勢いで大粒の雨が降り始めました。山からは強い風がびゅーびゅー吹き下ろしてきました。大あらしです。大川の水かさもどんどん上がり、あふれ出しそうです。
7
「たいへんだ! 子どもが川のなかにいる!」集落の若い者が叫びました。
見れば大川の濁流に、護岸の草(当時は大川の護岸は土でした)にしがみつき、必死に流されまいとしている女の子の姿がありました。きょうこです。木から逃げたケンタロウを探していたら、崩れかけた護岸に足をとられ、水に落ちてしまったのでした。
きょうこの父は大あわてです。「誰か! いますぐ川に飛び込んで、きょうこを助けろ!」
ですが川の流れは、のたうつ龍のようにすさまじく、みな飛び込むのをためらいました。
が、一人、小さな人影が勢いよく川に飛び込んでいくのが見えました。
ケンムンのケンタロウです。ケンタロウは川のなかからきょうこを抱えると、川から押し出してやりました。「いまだよ! 引き上げて!」とケンタロウ。上からは集落の若者たちが、あらしに耐えながらきょうこをなんとか引き上げました。
ケンムンと集落の人たちが協力している姿を見て、神さまはようやく怒りを収めました。神さまハブが天に向かってもう一度「!!」と叫ぶと、雨はやみ、雲は去っていきました。
8
ガジュマルの木は切られないことになりました。あんなことがあった後です。集落の長は、娘を救ったケンタロウに感謝していましたし、集落の人々も、無理に切ろうとして、また嵐になってはたまらないと思っていました。校門は、ガジュマルの木のすぐ横につくられました。
さて、ケンタロウですが、川できょうこを助けたのが、人の目に触れた最後になりました。残念なことに、その後きょうこが毎日ガジュマルに来ても、二度と現れなかったのです。
「あのケンムンは、きょうこを助けて、自分は流されてしまったのかも知れない」と言う人もいました。
でもきょうこは、ケンタロウが無事なことを知っています。大勢の人間の目に触れてしまったので、きっと仕方なく山に帰ったのだろうと思っています。
なぜそう思うかって?
それは、名柄の海に、ひんぱんに、「神さまの笑顔」の虹が出るからです。
嵐でケンタロウが川に流されたとしたら、親代わりの神さまが、あんなにいっぱい笑顔でいられるはずがありません。名柄の海に虹が出るたび、きょうこは空を見上げながら、ケンムンのケンタロウと過ごした日々を、懐かしく思い出すのでした。
以上。
名柄小中の虹は、子供達も誇りとする名物のひとつです。ちょっと雨が降ったりするとすぐ校庭から虹が生えます。私もワークショップで通っている最中 に、1、2回見ました。ここの校庭は焼内湾に面していて、はじっこに行って下を覗くと魚の群が見えたりします。素敵な環境です。
ガジュマルの木ですが、切ったら嵐になった、という昔話が奄美にあります。クライマックス・シーンは、その辺りから着想を得ているのかも。たしかにガジュマルって、なんか「意思」がありそうな、本当にケンムンみたいななにかが住んでいそうな、不思議な木なんですよねぇ。
こんな民話が子供達だけでつくれるの? と思うかも知れません。が、きちんとステップを踏んでいけば、ストーリー自体は子供達だけでもつくれます。そのステップを、ワークショップで体験していく、というわけで。
大まかに書くと、
- 創作のためのスターターを得る
- 登場人物をつくる
- シチュエーションをつくる
- ディティールを大ざっぱに作り込む(ディティールなのに大ざっぱとは矛盾ですが、そういう感じの作業なので)
- プロット(筋書き)をつくる
というような流れです。プロットさえできてしまえば、台本だろうが小説形式だろうが紙芝居だろうがマンガだろうが、どんなものにでも仕上げることが可能。で、上でできたプロットに忠実に基づいて、今回紹介したような文章に私が起こしているというわけです。
ちなみにワークショップとしては、作品をつくることが目的ではなく、上述各ステップを、グループによる話し合いでクリアしていくという過程に主眼が置かれています。
さて、まだブログ記事にしていない民話があと二つあります。久志校のと名柄校のがひとつずつ。気が向いたらまた紹介していきますね。
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