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演劇一覧

戯曲の書き方講座(3) – ワープロソフトの手入れをする

今回はワープロソフトの設定について

戯曲の書き方講座、3回目です。
戯曲講座ではなく、PCなどで書く時の、書き方講座です。

1回目は、文章と見栄えは徹底的に切り離す、という鉄則を紹介しました。
2回目は、文書は見出しで区切って管理・把握しよう、という話をしました。

さて今回からはいよいよ「Tab」キーの使い方に突入!

と思ったのですが、そこに進む前に、ワープロソフトの設定をしてもらわないと話が見えてこないこともあるかも、と気付きました。

タブの話は、設定の話のあとです。

道具を使うには準備や手入れが必要

道具を使うには準備がいるし、使い続けていくためには手入れも必要です。

筆とか、鉛筆とか、ゲルボールペンとか、万年筆とか。
煩わしさと捉えるか、心を研ぎ澄ます行為と捉えるかは人それぞれですが、どれも一緒。
仕事として「書く」ことをしているならば、道具選びと手入れは、業務の大切な一部になっているはずです。

PCだって一緒です。

PCの場合、パソコン自体の設定であったり、使うワープロソフトの設定だったり。
そこで手を抜くと、書く時に楽できません。

楽をしたり手を抜いたりするためには、労力も払わないと。

と言うわけで今回は、Wordのバージョンアップするたびに、私がまず行っている設定について書きます。
なぜWordかと言えば、私がWordしか持っていないからです。

重要なのは「見えない文字を見えるようにする」ことですが、劇作家にとっては必須の「自動文章校正をオフ」にすることも紹介します。

註: Word以外の方は、操作方法が違うとは思いますが、似たような設定はできるはず。

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戯曲の書き方講座(2) – 見出しで構造を整える

今回は「構造」のお話

戯曲の書き方講座を始めました。2回目です。

戯曲講座ではないです。
書き方講座です。PCなどで書くときの、書き方です。

前回は、戯曲(に限らず文書と呼ばれるものの一切合切)をPCで書く時の、文章と見栄えは徹底的に切り離す という鉄則を紹介しました。

そのために、空白文字や改行文字で見栄えを一切調節しない、という話も書きました。

今回は、戯曲の構造のお話。
もちろん、戯曲の中身の話ではなく、文書構造の話です。

文書は幾つかのかたまりでできている

ぼくの場合、フルレングスで戯曲を書くと5万字を越えます。
真っ平らな地平に5万字の文字。
全貌を把握するのは大変です。ぼくには無理。
管理なんかとうてい出来ません。
自分で管理するのが無理なんですから、他人が読んで把握するなんて、とてもできないはず。

大きなものを把握するとき、部分にわけて考えるとわかりやすくなります。

大きな文書も、通常は、幾つかの「かたまり」で出来ています。
その「かたまり」が、パッと見て理解できるようになると、全体像が簡単につかめます。

本の「目次」とか、かたまり一覧ってことですよね。

この「かたまり」を明示し、文書の構造を把握しやすくすることが、今回の趣旨です。

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学校でのワークショップは先生方のために

先週の日曜からずーっと某県某市にいる。演劇ワークショップのためである。
今日で11日目だ。今年2回目の滞在。昨年もたびたび来ていた。

さて先週末から、クラス数の多い学校の、4年生を対象にしたワークショップが始まった。
全3回のプログラム。1回目は複数クラス合同でやり、2回目以降は1クラスずつ実施。学年全体としても傾向はあるが、各クラスごとに特徴があり面白い。プログラムは同じだが、クラスごとに進行の仕方とフォーカスすべき課題を変えて対応している。

今日で2回目まで終わった。そしてワークショップそのものと、クラス毎にやるワークショップ後の密なふりかえりが、各担任の先生方間で、話題のトップになっている、という話が耳に入ってきた。
詳しくは書けないが、うちはこーだったよー、そっちのクラスはそんなだったんだー、そっちのクラスの誰々にはそんな面があったんだー、とワイワイ盛り上がってらっしゃるそうだ。きっと、ものすごい勢いで、それぞれのクラスと児童個別の様子を、情報交換・共有してらっしゃるのだろう。それはおそらく長期的な指導の上で、何らか有益なことになっているのだろう、と思う。

小学校でワークショップをやるようになってわりとすぐ、小学校でのワークショップは先生方のためにやるようなもの、と気づいた。
ぼくらは一瞬すれ違うだけの存在なので、子供達をどうにかできないし、しちゃいけない。責任とれんし。ゆえに、愛情を傾けたり愛着を持ったりしてもいかん、と思っている。
でも担任の先生方は違う。子供達と日常を共にし、子供達の人間的成長を導く存在だ。責任も、ぼくらなんかより遙かに大きい。全く比較にならないくらいに。
そんな先生方のために、子供達への目線を検証しなおすための参考にほんの少しでもなれれば、それだけでも学校でのワークショップは大きな意味があるように思う。学校のなかで、子供を良き方角へと導くのは、アウトサイダーのぼくたちではなく、先生方の仕事なのだから。

って思っているのだけれども、先生個々人のなかでの情報整理だけでなく、先生同士の情報交換・共有がなんだか始まっていると聞き及び、あらためてその(少しでも子供達のために、という)貪欲さとしたたかさに驚くと共に、頼もしいなぁ、と思った次第である。(もちろんこういう良い状況になったのは、この事業を担当する先生や市教育委員会の努力も、とてつもなく大きいからである。)

残り1回(を全クラスだが)、がんばろう、と思った。先生は、先生にしかできないことをやる。ぼくらはぼくらにしかできないことをやる。それだけのことだが。

以上、色んなみかんが安くておいしい某県の、柿やキウイや湧き水がおいしい某市より、お風呂にお湯をためている間に、日記的に。



7月に短編劇集の公演を

4月のに続いて7月も、短編劇集の公演をやります。今度は桃唄309とみきかせworksKUUM17、という3団体。わたしの桃唄パートでは、4月同様新作4本やります。

詳細な情報はこちら。

2012年7月 短編劇集 volume 2 夏カフェ『夏いろいろ』

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作業場小片: 子供を自己表現の道具にしない

小中学校向けワークショップの小片です。

2010年度から子供向けの演劇ワークショップを大量にやることが決まってから考えた、自分向けの戒めです。2年前か……。

作業場小片2:学校内で、子供を自己表現の道具にしない

子供というものは発達の途中にあり、精神的に未熟で無防備である。そんな子供が、大人の言うことは正しいという前提のある環境(例えば、学校)で、アーティストの言うことを聞き、やろうとするのは当たり前である。精神も環境も肉体も、対等ではないのである。ゆえに、そのような対象を使って、自己のアートを表現すべきではない。

子供を守ろう、という立場ではなく、アーティスト側の立場で、上のようなことを思いました。

こう考えたのです。以下。

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作業場小片: 自分のアートのためにワークショップをする

ずっと前からやってはいたんですが、一昨年あたりから、主に学校現場で演劇のワークショップを、それまでとは桁違いにいっぱいやるようになりました。

数をこなすと、いろいろ思うことも出てくるわけで。

で、文章にまとめようと思ったのですが、なかなか面倒で、二の足を踏んでいました。でもメモ書きはしていましたし、なんか書いて公開した方がいいじゃないかって気も。ので、メモっぽい感じというか、順不同、未分類未整理、しかも断片的な未完成稿っぽい形で、ちょっとずつこのブログに書いていくことにしました。「作業場小片」シリーズと名付けます。

こんな感じに。

作業場小片 1 : 自分のアートのためにワークショップをする

アーティストがワークショップをするからには、自分のアートのためという動機・目的を明確に持って、ワークショップを行うべきである。このことが、質の高さ、内容の豊かさを生む。

それ以外の動機・目的は、本質的に不純であり、趣旨や内容に、ブレを生む要因となり得る。

とまぁ例えばこんな。

以下、解説

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R指定などの劇バージョンを表示するものを作っている

Rだの、PG15だのってあるじゃないですか。映画のレイティングに。

演劇にもあっていいように思いました。
自主規制の意味ではなく、小劇場の先鋭的な新作公演にも、親子連れのお客さんが来やすくなるように。

小学生だの中学生だのがいるご家庭は、一緒に見に行く劇を相当選ぶと思います。エログロ描写は見せたくない、とか思うかも。いや、見せたいと思ったっていいんですが、見せたくないご家庭では、小劇場の新作公演とか、敷居が高いんじゃないでしょうか。

で、結構かなり前からなんですが、こんなものをつくっています。

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