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『三つの頭と一本の腕』の舞台となる、F県I市M町二ノ塩(にのしお)について紹介していきます。

二ノ塩は人口300人ほどの集落。その南西の境にある巨石が「呼ばわり石」である。
クビヨシ山の森に潜むこの石には数々の伝説がある。
最も古いのは、クナイガ様(苦無牙様)に関するもの。かつて二ノ塩の境を住みかとする大蛇がいた。大蛇はクナイガ様と呼ばれていた。この大蛇、二ノ塩に豊作をもたらす神でもあったが、人身御供を求めること度々だった。人身御供が差し出されない年は、初秋に大水を呼び寄せ、谷間の集落である二ノ塩を水浸しにしてしまったという。
遊行中の僧(西行法師と言われている)が、大蛇を鎮め、封じ石として置いたのが、この「呼ばわり石」である。
「呼ばわり石」という名称はそれほど古くない。通りすがる人に「いしどかせ、いしどかせ」と呼びかけるところからこの名が付いたのだが、「呼ばわり石」という名称が文献上に現れるのは江戸時代に入ってからである。
さて明治後期、クビヨシ山をかすめて二ノ塩に至る道を敷設しようとしたときのこと。
計画ではこの巨石上に道路を敷く予定だった。
しかし地元の人夫たちは、「この石は、かくかくしかじかの理由で『呼ばわり石』と呼ばれ、地元では畏れられている。この石をどかそうとする者は間違いなく祟られる」と、工事責任者に訴えた。
中央から来た工事責任者にとっては、計画の遂行が最も重要である。地元の声を無視し、人夫たちにくさびを数カ所に打ち込むよう命じた。
石にひびは入ったものの、そのひびから大量の血があふれ出した。
頭から血を浴びた工事責任者は、そのまま寝込み、高熱を出した末に死んでしまったという。
このようなことがあったため、撤去は中止され、道路は現在のように「呼ばわり石」を迂回するようつくられたそうだ。(櫟野養安『磐城山歩記』より)
しかし別の資料によって、明治後期に道路をつくろうとした事実はないことがわかっている。県道から二ノ塩に至るこの道は、昭和期、しかも戦後に、古くからある道を拡張し整備したものに過ぎない。つまり上述の、石が血を吹き出したという伝説は、近年になってつくられたものではないかと推測できる。
(文責:長谷)
※写真はイメージです。