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作業場小片: 自分のアートのためにワークショップをする

ずっと前からやってはいたんですが、一昨年あたりから、主に学校現場で演劇のワークショップを、それまでとは桁違いにいっぱいやるようになりました。

数をこなすと、いろいろ思うことも出てくるわけで。

で、文章にまとめようと思ったのですが、なかなか面倒で、二の足を踏んでいました。でもメモ書きはしていましたし、なんか書いて公開した方がいいじゃないかって気も。ので、メモっぽい感じというか、順不同、未分類未整理、しかも断片的な未完成稿っぽい形で、ちょっとずつこのブログに書いていくことにしました。「作業場小片」シリーズと名付けます。

こんな感じに。

作業場小片 1 : 自分のアートのためにワークショップをする

アーティストがワークショップをするからには、自分のアートのためという動機・目的を明確に持って、ワークショップを行うべきである。このことが、質の高さ、内容の豊かさを生む。

それ以外の動機・目的は、本質的に不純であり、趣旨や内容に、ブレを生む要因となり得る。

とまぁ例えばこんな。

以下、解説

アーティストとして呼ばれたからには、アーティストである自分として、児童・生徒・受講者の前に立つべきです。他の立ち方なんてありませんし、そうじゃないと不誠実です。
で、アーティストである自分は、 より素晴らしい作品を生み出したい、そのために経験を積み、思索や創造行為の材料(いわゆるインプット)を増やしたい自分であるわけで。
となると必然的に、ワークショップをすること自体 が、自分のアートのためになっていないとおかしいはず。

子供が好きだからとか、社会に貢献したいとか、俳優養成に燃えているとか、ボランティア精神とか、なんかの支援とか、全部不純です。いや、秘めたる思いとして、副次的にそういうのがあってもいいとは思うのですが。

ただし、アーティストが孤高の人として、自分のアートのためにワークショップに打ち込みすぎてしまったら、それはそれで、児童・生徒・受講者が取り残された、独りよがりのなにかになってしまう、ということもあるかもしれません。

で、そうならないためにも、クライアントとアーティストをつなぐ「コーディネータ」という役割の人が、とても重要になるのだと思います。ま、こんなことは、コーディネータの仕事としては、ごく一部のささいなことではありますが。

コーディネーターについては、いずれ書くかもしれません。たぶん。もしかしたら。

例外もあります。講師となる人がアーティストではない場合です。その場合は……どうなるのか分かりません。演劇ワークショップと呼べるものになるのかどうかも含めて……私には分かりません。

・・・

とまぁ、こういうのを、超不定期に書いていきたいと思います。心意気だったり、具体的なテクニックだったり、いろいろを。

ノールールで書いていくので、長かったり短かったりです。内容の重複や矛盾も出てくるかも。でもまぁいっか、な感じで、気軽に書きとめていきたいです。

あと、書き手の私は、自分の考えを、いざって時はあっさり変えることがあります。時間と共に全く違う考え方に変わることもあります。適当です。

てな感じで。

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